<ご報告と御礼>株式会社アークワン代表取締役就任にあたり、振り返る『えら部』のこれまで。

令和元年6月22日

本日は、9回目の会社設立記念日。

9年前の今日、
スクール情報誌えら部を発行する
株式会社アークワンを設立しました。

その意味ある日に
関係者の皆様に御礼とご報告を申し上げます。

一緒に創業し
公私ともにパートナーであった
畠山 章博が今年の2月末、
親の介護のため地元・横須賀に戻ったため、

平成31年4月30日に代表取締役を退任。

令和元年元日の5月1日に
私、山内が代表取締役に就任いたしました。


沖縄に移住してはや、12年。

仕事も、家も、友達もいない沖縄で
アルバイトをし、会社員になり、
会社をつくるに至ったのは、
心強いパートナーの存在があったからです。

一人では何もできないけれど、
私にできることは私が

私にできないことは彼が行う。

お互いの出来ることが明確だったので
不安なく一緒に起業しました。

 

「フリーペーパーは続かない」

そんな理由で
沖縄振興開発金融公庫からの

創業の融資は難航しました。

何度も担当と面会をし
事業計画を練り直し、練り直し
それを繰り返し。
担当が3人も変わり、
6ヶ月も足しげく通った末にようやく、

1,000万円の融資をうけることができました。


1・3・5年目の危機

やはり相手はプロだった。
融資担当の言葉どおり
たった1年で、倒産の危機があり、
その後3年・5年という節目にも、

それはやってきました。

最後の危機を救ってくれたのは
創業5年目に企画した

えら部スクールフェスティバルの開催でした。

習い事のファンがファンのために
イベントをつくるイベント。

自分達ができることは全てやったけれど
もう限界に達していました。

つくったこともない
ホームページをつくったり
パチンコ屋さんのチラシをつくったり

名刺やテキスト、店舗の看板まで
望まれるものは何でも作ってきました。

やはり
公庫の担当者が言ったように
フリーペーパーの出版だけでは
事業を続けていくのが困難だったのです。

続けたからこそ今がある

フリーペーパーの『えら部』を続けるには意味があった。

続ければ続けるほど
ファンが増え、信頼がつき、価値があがる。

そこに付随する事業でようやく
まわり出したのが6年目。

遠回りかもしれないけど近道もない。
 

うまくいく方法は、はじめからない。

時代はどんんどん変化していくから

現場を歩き、知り、変化に対応していく。

現状維持ではなく
どんどんチャレンジをしてきました。

スクール情報誌えら部は
『家族みんなの習い事の冊子』から

(↓2011年9月創刊号)

今では

『大人の女性の生き方バイブル』とまで
言われるようになりました。

(↑2019年6-7月号)

女性がいきいきと輝き続けるために、
生きがいや、新しい働き方を

見つける冊子に成長しました。

走り出してふと気づいたら9年。
本当にアッと言う間ですが
ようやく
新たに社員を迎え入れられるようになり
みんなが安心して集える
新しい拠点を持てるようになりました。

沖縄サロネーゼハウス(アークワン事務所)

 

長くなりましたが
ここでお伝えしたいこと

パートナーであった畠山は
パートナーとしてその役割を果たしての
前向きな退任であったこと。
今も遠隔で『えら部』の仕事を
続けてくれているので安心して頂きたいこと。
お互いに納得した上で、
このタイミングで違う道に進めることに、

きっと意味があるに違いないと思っています。

残された現状から、またどこに進むのか?

今では
社員というパートナーや

沖縄サロネーゼのパートナー
えら部フェスのパートナー
クライアントとしてのパートナー
読者というパートナーも含め、
地元・岐阜県大垣市で
元気に暮らす両親や兄弟の存在も。
私には支えてくれる方々が沢山います。
そこにはもう
不安はなく期待と愉しみしかありません。

だから私には
「沖縄を出る」という選択はありませんでした。

これからも私は沢山のパートナーとともに

沖縄の女性が
自分の未来に安心と希望が持てるような情報発信をしていきます。

これまで支えてくださった関係者の皆様には
心より感謝申し上げます。

誠にありがとうございました。

今後とも変わらぬ
ご指導ご鞭撻のほど宜しくお願い申し上げます。

令和元年6月22日

株式会社アークワン
代表取締役 山内良子

沖縄で学ぶ・遊ぶ・癒される・キレイになる!
学びたい人と教える人を繋ぐフリーペーパー。

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